よくこのページまでたどり着いてくれました。

かなりコアなファンとお見受けしますので、僕の経歴を公開しちゃいます。

簡単な自己紹介

銀河魁人

インテリアに関わって14年。海外在住歴9年。本職は家具工場で、椅子の研究・設計・デザイン。OEM専門の名無しデザイナー(大手小売店に僕のデザインした椅子がたくさん売られています)

法政大学建築学科卒業 / 資格 一級カラーコーディネーター(商品色彩)/木造建築士

銀河魁人

絵を描くことだけが自分のアイデンティティを保っていた学生時代

小学生の頃まではそれなりに優秀で、今で言うオール5という成績も何度かとりました。逆に言えば、当時一番得意というものがありませんでしたが、自分はオールマイティな人間だとも思っていました。

しかし、親の言うままに中学受験をして、自信は崩壊します。入った私立中学は人気校で、倍率は約7倍でした。意気揚々と中学生活をはじめるも、半年後にはあまり学生生活が楽しくなくなりました。

いじめにあっていたというわけではないですが、単に自分が活躍できる場所が見つからなかったからです。やる気満々ではじめたテニス部も二学期に入り行かなくなりました。

そして、中学1年の三学期、体育の授業中に全治半年の怪我をします。すぐに入院して足の手術を受けて、1ヶ月入院しました。手術の痕はいまだに残っています。

もともと運動神経が良い方ではないですが、この怪我によってスポーツをやる自信はなくなりました。

中学2年になり完全に帰宅部となり、冴えない中学生活が続きます。そのとき流石に親が見るに見かねて、僕を絵画教室に通わせてくれました。小学生のころ何回か表彰れるほど絵は得意だったので、親はそこに活路を見出してくれました。絵の先生はとても厳しいおじいさんでしたが、僕にとって最初で最後の師といえる人かもしれません。絵画教室に通いだしたとはいえ、中学生活は楽しいものになりませんでしたが、美術の成績だけは常によく、これだけが僕のアイデンティティでした。

油絵の作品

演劇部で輝く高校時代

今考えても、高校に上がってから演劇部に入ったのは正しい選択でした。絵が得意なのに美術部に入らなかったのは、絵画教室に通っていたせいもありますが、この高校の画風が気に入らなかったからです。

そして、絵画以外で自分を表現したいと思ったからでした。演劇部の主役はもちろん役者ですが、僕がやりたかったのは舞台美術です。

僕以上に舞台美術にこだわりがあった人は他にいなかったので、一年生のころからすぐに担当させてもらえたし、二年生になってからはそれなりの評価もされました。評価されたのはもちろん嬉しかったけど、当時は仲間たちと舞台を作り上げていくのがとても楽しくて、すっかり演劇にハマってしまいました。

しかし、絵画教室はやめずに続けていました。

今思えば、この高校時代の頃から木使って舞台装置を作っていましたし、デザインをしていました。そう考えるともう20年以上空間・家具デザインと関わっています。

法政大学建築学科へ入学

演劇にハマったとはいえ、演劇で食べて行けるとは思っていなかったので、舞台美術の先にある総合芸術といわれる建築学科への進学を決めました。大学では民家研究会に所属していました。この時のメンバーは有名な建築家の設計事務所や大手設計事務所を経て独立している人も多いです。

三年生のオープンデスクでは、KDA(クライン・ダイサム・アーキテクツ)に参加し、四年生になると構造デザインの巨匠川口衛研究室に所属しました。

学生時代の作品はこちら

商業建築の世界へ

新卒で入ったのは、商業施設設計の会社でした。入社2年間はほとんど現場管理でしたが、3年目以降は設計の仕事がメインとなりました。主に設計していたのは、焼肉店や居酒屋です。雀荘やラブホテルのリニューアルなどもしました。

しかし、会社の社長が在日韓国人で、ヤクザな商売が多かったため、約6年間働いて会社を辞めました。

ドイツ留学を経てベトナムへ就職

ヨーロッパの建築をゆっくりとみたかったため、ドイツへ半年間留学しながらヨーロッパを旅しました。ドイツはもちろん、イタリア、フランス、チェコなどの街を見て周りました。また、ドイツからトルコを経由して、東南アジアの国々を1ヶ月かけて旅しました。

トルコ・カッパドキア

トルコ・カッパドキア(筆者が撮影)

そして、帰国してから3ヶ月後にベトナムの家具工場で働くことになり、今に至っています。

どうして、建築の世界から家具の世界へ移ったのか

現在の日本では、建築と家具の業界は線引されて別れていますが、僕の中ではモダニズムの建築家たちと同様の感覚で家具は建築の一部であることから、あまり意識していませんでした。しかし、業務用家具ならまだしも、住宅向け家具となると流通の関係でほとんど建築との関わりがないのが実態です。

しかし、家具の面白いところは、絵に描いたもの実物になる時間が早いことです。さらに言えば、自分でデザインしたものを自分で作り上げることが出来ます。それは、人の手を借りて創る建築とは違った面白さがあります。高校時代に経験した自分でデザインして、自分で作ることが実践できるわけです。

僕の強み

常に生産現場に近くにいられるので、木工に対する理解が深まり他のデザイナーとは違う強みがあります。強度やコストに対する意識が強く、また多くの顧客と関わってきたので、売れる商品を作る感覚があります。

実際に、僕がデザインしたダイニングセットは、いま大手小売店N社で週に300セット売れています。

商品化されたデザインについては、noteで記事にしています。→僕の仕事と商品化されたデザインについて

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