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チャンパ王国とベトナムの関係




こんにちは、魁人です。

ベトナム人女性は、美人が多いと言われますが、あなたはどう思いますか?

 

「ハノイは美人が多い」とか、「メコンデルタは美人の産地」だとか、いろいろと言われますが、ハッキリといえることは、同じベトナム人でも地域によってかなり顔が違うということです。

 

ベトナム北部は、中国と接しているので中国人の流入も多く、肌も白いし、明らかに中国の血が入っているのを感じます。

一方で、ベトナム南部だと、肌が黒く堀の深い顔の女性がいます。

ベトナム人というよりもマレーシアとかインド系?と思うような顔です。

 

僕の勝手な推測ですが、彼女たちはおそらくチャム族の血が流れています。

 

チャム族とは、19世紀の初めまで、ベトナム中部から南部までメコンデルタ地帯を支配していたチャンパ王国の人々です。

彼らは、オーストロネシア語族で、平たく言うとインドネシア人と同類のインド系の民族です。

日本人が一般的に東南アジアの人々というと彼らをイメージするはずです。

ベトナム人は、妙に肌が白い人も多く、中国っぽいので東南アジアのイメージとは少し外れています。ベトナム人はオーストロアジア語族です。

 

 

ベトナム人に追われたチャム族は、カンボジアに逃れたか、山岳地帯にて少数民族として暮らしています。

彼らがベトナム人に追われたのは19世紀の初めでした。

なんと、たった200年前までは、ベトナム南部はベトナム人の国ではなかったのです。

しかし、19世紀の後半にはフランスの侵攻に寄り、カンボジア・ラオス・ベトナムは、3国合わせてフランス領インドシナ半島となりますが、ベトナムが19世紀前半に切り取ったカンボジアの一部とチャンパ王国については、チャム族に返還されることなくベトナム人が住み続けました。

 

メコンデルタの肥沃で自然の恵み豊かな環境は、人をナマケモノにしてしまうようです。

メコン川には、カゴを一晩放り込んでおくだけで、魚やカニがいっぱいとれます。

また、メコン川運んでくる肥料によって、田園は1年中肥えています。灌漑して田に水を引いてやれば稲穂が自然と育つのです。

 

ハノイは、日本に比べたら恵まれた環境ではありますが、ハノイの紅河デルタはかつてよく氾濫したため、北部のベトナム人は自然の脅威と戦い、民族として磨かれました。

また、中国とも接していたので、常に戦いの緊張がありました。

それに比べて、静かで肥沃なメコンデルタに暮らしていたチャム族は、あまりにものんびりとしていた感があります。

チャム族はそのメコンデルタの自然の上で昼寝をしていたら、ベトナム人がやってきてその土地を奪われてしまったのです。

 

ベトナムは、悲惨なベトナム戦争イメージが強いですが、かつては侵略者でもありました。

ご存じの方もいるかもしれませんが、ベトナム戦争が終わった後ベトナムは、カンボジアに侵攻しています。

この事件で、各国のベトナムへの同情は薄れて、危険な国家という認識変わりました。

 

 

まったく、話がそれてしまった感がありますが、ベトナム南部で浅黒く堀の深い顔に出会ったら、かつてベトナム南部で反映していたチャンパ王国の末裔の可能性があります。

のんびりとして、おっとりとした性格だったら、チャム族の血を引いているのかもしれません。

 

結局、何が言いたいのかというと、環境が人を作るということです。

厳しい環境にいれば、嫌が応でも人は成長します。

僕はブラック企業のような働き方は推奨しませんが、自分が成長したいとおもったら、あえて厳しい状況に自分を持っていくという手もあります。

今の日本は、ものが溢れて生活が豊かになったあげく、成長が見込めなくなりました。

でも、人は成長をしたい生き物ですから、成長を望めない環境が続くとやる気とか意力とかが薄れてしまいます。

 

一概にベトナムが厳しい環境とは言えませんが、成長をし続けている社会では弊害も多いです。

人も社会も成熟していないからこそ、成長が見込めます。

今のベトナムはとても魅力的な環境であることは間違いありません。

 

なお、チャンパ王国の遺跡は、「ミーソン聖域」が世界遺産として登録されています。

ホイアンから行く世界遺産 ミーソン聖域写真集

また、ニャチャンにもチャンパ王国の遺跡が残っています。

ベトナム屈指の海辺リゾート ニャチャンはくそ暑かった!! 2日目

 

今回の記事の元ネタはこちらです。

しかし、その後はベトナムに少しずつ領土を奪われて。
5世紀後には消滅してしまいました。
さらにカンボジアに逃れたチャム族はポル・ポト派時代に大いに弾圧されて、悲惨な目にあっています。

一方でベトナムは、19世紀はじめに念願のベトナムの国土統一を果たしたにもかかわらず、半世紀後にはあっさりとフランスの侵攻を許してしまいました。

中世時代から戦争に明け暮れて、自然環境も厳しいヨーロッパの人々が、19世紀には最も文明を発達させていたのは言うまでもないことですよね。

 

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